全財産2円からはじめる世界一周のおはなし

『ただ観光のように旅をするだけでは世界の本当の姿は見えてこない』をモットーにぽつり、ぽつりと。

『狭間に生きる者たちへ。』

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こんばんは!

べいです*˙︶˙*)ノ"

 

今日は、

私のハーモニープロジェクトの最終回!

 

御冷ミァハと霧慧トァンの

印象的な言葉と

 

私の勝手な感想を

羅列していこうと思います。

(共感できる人はそれでいいだろうし、

  できなければ多角的な視点を手に入れた、

ということで)

 

忘備録でもあるので、

かなり長くなると思われ。

ヾ(:3ヾ∠)_飽きたらごめん

 

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「誰かが孤独になりたいとしたら、

   死んだメディア(デッドメディア)に

   頼るのがいちばんなの。

 

  メディアとわたしと、ふたりっきり」

 

 

「映画とか、絵画とか。

   でも、持久力という点では

   本がいちばん頑丈よ。」

 

 

「持久力って何の?」

 

 

「孤独の持久力」

 

 

御冷ミァハにとって孤独な時間は、

自分との対話の時間。

 

特に本を読むという作業は、

自然と内省の効果をもたらします。

 

そして一番簡単にできる、

自分を社会から隔絶する方法です。

 

広大な文字の海。

 

どこまで泳ぐかは、

自分の心持ち次第です。

 

『孤独の持久力』とはきっと

そういう意味なのではないかな、と

私は勝手に解釈しています。

 

御冷ミァハの魅力の一つは

人間の

『群れて安心感を得るという本能』に対し、

 

自分なりの持論を持ち、

群れる必要性を

そもそも感じていないところ。

 

ウザったい同級生を近寄らせないために

『ただの人間には興味がないの』と

あっさりと言い放つ描写もあります。わお。

 

いつの時代も

独りの世界(独自の世界観)を

持っている人間は、

何か惹きつけられるものがありますよね。

 

キァンとトァンは、ミァハの中では

同じ目的を達成するための《同志》。

 

社会に歯向かう戦争は、

一人ではできません。

 

だからミァハは2人に自ら声を掛け、

一緒にいる。

 

社会に仇なす

そのタイミングを見計らいながら…

 

主人公の霧慧トァンが

〈周囲すべての気遣いが、

   わたしを静かに窒息させている〉

と感じているのですが、

 

トァンはその窒息しそうな理由を明確に

自分の中でうまく言葉にすることが

できずにいました。

 

初めてミァハと会話をした日、

トァンはミァハにこう言われます。

 

「関わりたくないヒトのことは

   気にしない。

   お節介も焼かない。

 

   あなたは、本当は

   そういう人間でいたいんだよ。

 

   調和(ハーモニー)なんて

   どうでもいいんだ。」

 

そういったミァハの言葉を聞くたびに

トァンは

ミァハの言葉のひとつひとつが、

いままで自分が

うまく言い表せなかったものの核心に、

気持ちよく

切り込んでいるような気がした

と感じます。

 

そして、見事に

彼女のカリスマ性に魅了されていくのです。

 

こういう感覚って本を読んで、

新しい表現や言葉を知った時に起きる

あの気持ちよさと同じ。

 

ミァハの言葉に相槌をうつのは

気持ちがよかった。

 

まるで、ミァハがわたしの体に

何かを書き込んでくれるかのように

感じられたから。

 

そんな感覚に浸らせてくれる人間がいたら

絶対心奪われちゃうな。

 

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親は子を選べないかもしれないけど、

それを言うなら幼子は何ひとつだって

選べやしないわけで、

 

せめてセカイひとつぐらいは

どうにかならなかったのかしら

 

〈自分だけの世界〉

 

ミァハはそれをとても大切にしていました。

 

この世界では親が率先して、

周囲をも巻き込み

子どもに『善意』を押し付けます。

 

総ての事象を客観的に捉え、

多角的に物事を見ているミァハ。

 

『自由』を知ってしまった鳥は

もう鳥籠には戻れないのかもしれません。

 

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引きずっているのは、

わたしただけ。

 

それが情けないことなのか

大切なことなのか、

よくわからない。

 

身体的に大人になってからも

〈社会の常識に

   染まりきれない、抵抗する心〉と

 

〈自分を生かすシステムを

   捨てきれない臆病者〉の間で

葛藤を抱えたまま、

 

霧慧トァンは戦場という

『狭間』で生きることを選びました。

 

たとえば私たちの日常にも。

 

病気を患ったけど、「空気」が

仕事を休むことを億劫にさせる…

でもそれは間違っている気がする…

という狭間。

 

『こうしなきゃいけない』

というルールはあるけど、

認めきれずにモヤモヤし続ける狭間。

 

情けないことなのかもしれない。でも。

大切なもののようで、捨てきれない感情。

 

『その常識は、本当に突き詰めていっても

   従わなきゃいけないものだろうか?』

 

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問題を抱えた子どもに対する、

みんなで寄ってたかって

善意の海に溺れさせ、

 

なにも考えることが

できないようにする

 

…お決まりの段取りだ。〉

 

日本の教育方針や、

大人たちが押し付ける空気感は

後々、子どもたちに想像力の欠如と

絶望をもたらす気がしてなりません。

 

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あなたたちのあいだで暮らしていたら

確実に手首を切るか誰かを切るかする

社会病質者であることを自覚し、

 

そこからできるだけ遠ざかることで

社会に貢献している。

 

だから、わたしは

キァンに悪びれもせず答える〉

 

『ええ、わたしはものすごく

社会に貢献しているわ、』と。

 

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同じだ。誰も彼もが。

 

ひとりひとり遺伝子が異なるのは

当たり前だっていうのに、

 

どうして誰も彼もが

同じ体型になろうとするのだろう。

 

肌が荒れててはいけないとか、

体毛があってはいけないとか、

太っていてはいけないとか、

美しくなくてはいけないとか。

 

CMやYouTubeなんかの広告で

資本主義社会がもたらす脳内洗脳が

日常的に行われていますよね。

 

大多数がのまれている

その『当たり前』は真理なのか、

今一度見つめ直す必要がありそうです。

 

こんな言葉も。

 

潔癖症も度を過ぎると

民族の純血とかぬかしだすわけだ。

 

ホロコーストがいい例です。

 

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自分に迷惑をかけたわけでもない

赤の他人の選択に、

 

「公共性」だの

「リソース意識」だのを盾に

冷ややかな視線を浴びせる放漫さは、

 

わたし的には勘弁願いたい。

 

最近、富士山や登山で

亡くなった人に対してとか

 

その人と縁の一切なかった人とかが

寄ってたかって

SNSで非難したりするけど、

ほんとこのトァンの言う通りだと思う。

 

正しいことっていうのは

いつだって凡庸で、曖昧で、

繰り返し検証に耐えうる、

つまらないことなんだから。

 

他者とは、他人とは本来的に

 

予測のつかない

気持ちの悪いものなのだ、

という本質。

 

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みんなきっとそれに疲れてる。

自分のことをいつもみんなに

知らせてまわらなきゃならない社会に。

 

トァンたちの世界で言う

『知らせてまわらなきゃならない状況』は

生府から義務的に晒されてしまうものだけど、

 

私たちの世界では義務ではないのに、

わざわざやらなくてもいいのに、

自ら自分を縛り付けている人が

とても多いと思う。

 

SNS疲れなど、みんな媒体に

振り回されすぎている気がします。

 

人間は極端な使い方しか

できない傾向にあるよね。

 

社会がそう在れと要請する

内なる規範に耐えられない

若い連中だって大勢います。

 

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人間は進歩すればするほど、

死人に近づいていくの。

 

というより、限りなく

死人に近づいてゆくことを

進歩と呼ぶのよ。

 

伊藤計劃は病室で

この作品を執筆してた。

 

彼はどんな想いを巡らせて、

この一文を書いたのだろう。

 

身体に関する様々な事象を

外部に出してきた人間が

辛うじて守っていた、

自らの意思という最後の一線

 

人間が身体の管理を

「外注」に出した、

これが結果だ。

 

WatchMeを使って

自分の身体を他人任せにした結果、

 

人は外部のシステムなくしては

その身体を維持することすらかなわず、

 

こうしてそこに

つけ込まれる状況を招いた。

 

外注に出すということは

「考えることをしなくなる」

ということ。

 

つまり

生きた屍とほぼ同じとも言える…

 

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この先、

WatchMeのおかげで病気もなく、

ただ平穏に穏やかに

老いていくだけの生活…

 

とてもとてもフラットで、均一で…

 

想像するだけで

恐ろしくて、悲しくて。

 

御冷ミァハの義母の言葉。

 

心を刺激するものも

ほとんど目隠しされた世界。

 

どうやって楽しく生きればいいのか。

 

わからなくなるのも無理はない…

 

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恐ろしい、腹立たしい。

 

そこにいろんな感情はあると思います。

 

 

その感情は本物です。

大切にしてください。

 

 

わたしたちの社会は、

そうした感情を

抑えこむようにできています。

 

 

思いやりの言葉の下に

押しつぶすようにできています。

 

 

どこに書いてあるわけでもない、

法律ですらない。

 

 

そんな規範や『空気』に縛られて、

みんな、それを抑えこんでいます。

 

 

これほど人が、自らの内にある規則に

がんじがらめになった時代は

はじめてです。

 

 

これほど明文化されていない

決まりが増えたのは、

人類史上はじめてです。

 

 

誰も本音を言うことができません。

 

 

わたしたちは

ひとりひとりが社会にとって

重要なリソースだという教育を、

子供の頃から受けています。

 

 

この身体は

自分ひとりのものではなく、

社会みんなの貴重な財産なのだ、

 公共的身体なのだ、と言われます。

 

 

でも、みんな、そろそろ

息苦しくなってきているはずです。

 

 

以前から自殺率が上昇していることは、

みなさんも聞いたことが

あるかもしれません。

 

 

みなさんはこの

『空気』に縛りつけられた社会から、

逃げたがっているんです。

 

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喜怒哀楽、

脳で起こるすべての現象が、

 

その時々で

人類が置かれた環境において、

生存上有利になる特性だったから

付加されてきた「だけだ」

ということになれば、

 

多くの倫理は

その絶対的な根拠を失う。』

 

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「常識」は、

そして「空気」ってやつは、

社会評価を通じて

俺らに影響を及ぼすってわけだ。

 

ずいぶん隠微で、

しゃらくさい仕組みだとは

思わないかね?』

 

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システムがそれなりに成熟していれば、

意識的な決断は必要ない。

 

 

これだけ相互扶助のシステムがあって、

これだけ生活を指示してくれる

ソフトウェアがあって

 

 

いろいろなものを

外注している私たちに、

どんな意志が必要だっていうの?

 

 

問題はむしろ、

意志を求められることの苦痛、

 

 

健康やコミュニティのために

自身を律するという

意志の必要性だけが

残ってしまったことの苦痛なんだよ。

 

 

この世界がこれだけ嫌だ、って人が、 

毎年毎年何百万人も死んで、

 

 

そのすべてが、

自殺なんて人間として

あるまじき行為をしたって

 

 

そんなふうに

かわいそうに蔑まれてても、

 

 

それでも人間は意志を、意識を

なくしてしまうべきじゃないって。

 

 

わたしはそんなのおかしいと思った。

 

 

わたしは何とかしなくちゃ、

って思った。

 

 

わたしは、

毎年無為に命を落としていく

何百万の魂のために、

 

 

魂のない世界を作ろうとしたの。

 

ミァハが

最終的にたどり着いた〈気づき〉。

 

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多くの人間は

わたしがわたしであるという脳の機能を

失いたくはないだろう。

 

それが社会にとって、

どんな害悪をなすにしても。

 

人間が苦しみ、もがき続けるのは、

まさにこういった想いがあるから。

 

 

人間は

〈わたしがわたしであるという主張〉を

いつもしていたい生き物だから。

 

 

〈自分のことを認めて欲しい〉という欲求を

抑えきれないから苦しむ。

 

 

ミァハは子どもの頃に

成長するのに必要だった

『自分の存在を認めてもらえる』ことが

戦争に巻き込まれたことで

叶いませんでした。

 

 

意識のない状態が続いていれば、

おそらく承認欲求は生まれかったし

こんなに苦しむこともなかったけれど、

 

『意識』が生まれてしまった。

 

しかも1番辛い環境下によって強引に。

 

大人になると人間は

『与えたい』という欲求が出てきます。

(もちろん承認欲求もあるけど、

半々くらいになる)

 

けれど大人になってからもミァハは

子どもの頃に充たされなかった

『認めて欲しい』という欲求が

 

喚き続けたままになってしまった。

 

 

だから、最終的に

『子どもの頃の風景』に逃避したくなった。

 

 

そこにさらに、

『与えたい』という欲求もあり、

結果的にこういう結末を

望んでしまった。

 

 

 

霧慧トァンは

幼い頃に誇りに思っていた父親が

生府が行うコミュニティミーティングで

バカにされたのを

ずっと忘れられずにいた。

 

だから、子どもの感性でも

間違っていると気づく

『常識となっているもの』を忌み嫌い、

 

ミァハと同じように、

世界に馴染めずに苦しんでいた。

 

 

さらに、父親が家族(自分)を捨てて

蒸発してしまったことも、

要因として大きい。

 

 

東南アジアの子どもたちは

どんなに貧しくても

『親からの愛情』なり

『友人からの承認』で充たされていれば

あれほどの笑顔が出てくる。

 

 

日本の子どもたちは

そういうのが根本的に圧倒的に

教育の面から見ても

不足しているように思う。

 

 

だから、外見を着飾ったりして

心の充たされない部分を、

装飾で補おうとしているのかもしれません。

 

なぜ人は苦しむのか…

 

わたしがわたしであるという

脳の機能を

失いたくはないだろう。

 

最終的に

私がこの物語から学んだことは

この一文にすべて網羅されていました。

 

 

満たされない承認欲求を

『力づくで認めさせるか』

 

それとも

 

『内観を形にし、

静かに世界へ訴えかけるか』

 

 

『歴史に名を残した暴君』と

『歴史に名を残した哲学者』。

 

 

私は史実を読んでいく上で

『おお、憧れるな』と思うのは

圧倒的に後者なので、

(時の権力者は前者に

傾倒するんだろうな)

 

 

だから、学生時代に燻っていたころの

ミァハやトァンが好きなんだと思います。

 

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物語の最後でトァンが下した決断は

原作と映画では

だいぶ解釈が違っていました。

 

 

動機がまるで違うものだったので、

賛否両論が生まれるのも無理はありません。

 

 

私は、安易な映画の結末も

そんなには嫌いじゃないですが…

 

原作のトァンの行動の動機は

ちょっと腑に落ちない感じでしたが、

人間そうなるものなのかな、

とも思いました。

 

 

おそらく原作で説明された、

脳内の報酬系によって選択されてくる

『今すぐに欲しているもの』が

優先された結果なのでしょう。

 

 

それをトァンは実践したということですね。

(理屈じゃ分かってるけど、

本能からくる衝動には勝てなかった)

 

 

壮大なネタバレをしてきてアレですが、

ラストはぜひ読んでいただいて、

 

このなんとも言えない読後感を

味わっていただけたらな、と思います。

 

 

その一線だけは、

書いてはいけない気がする…

 

 

ここまで、つらつらと書いてきまして、

ようやく自分の頭と精神が整理されました。

 

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伊藤計劃の言わんとすることすべてに、

私は共鳴してしまったようでした。

 

 

彼の思考は、破壊的で、反社会的で、

そして哲学的で、とても私の好みでした。

(なんかこう書くと危ない人みたいだな…

本質から外れている事象を

安易に許せないだけだよ)

 

 

他の原作も読んでみたいですね。

 

またいつの日か、私の必要な時に

彼の言葉に呼ばれるような気がします。

 

 

その時には、

伊藤計劃という深い深い沼に

また沈み込みたいと思います。

 

 

さあ、これでやっと

滞っていた人類史を

読むことができそうです。

 

 

人間の脳の機能の仕組みを学び、

意思決定の段階が

どうなっているのかを理解したので

 

 

どんなに野蛮な歴史が続くとしても

感情的にならず、

事実をきちんと俯瞰できそうです。

 

 

 

次回からは『137億年の物語』を

宇宙誕生の瞬間から少しずつ要約して、

読者さんを楽しませることが

できたらと思います!

 

 

『仄暗い知識欲』から

『眩しい知識欲』へ!

 

それではまた!*˙︶˙*)ノ"

 

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